なぜ西武園通貨は導入されたのか?『西武園ゆうえんち』に仕掛けられた幸せの発生装置

2021年5月19日、埼玉県所沢市の老舗遊園地がリニューアルオープンした。西武HDが所有する「西武園ゆうえんち」だ。

 

かつては年間200万人近くの来場者が訪れ、賑わいを見せていた。この200万人というのは、関東に住んでいる人なら一度は名前を聞いたことのある「サンリオピューロランド」や「よみうりランド」と同等の年間来園者数で、そのかつての盛況ぶりが分かるだろう。

 

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しかし近年は施設老朽化やそれに伴う大幅なアトラクションの撤去により、廃虚とも言える佇まいになっていた。そこで西武HDは「西武園ゆうえんち」のリニューアルを打ち出す。メスを入れるのは、あの「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン」をV字回復に導いた立役者、森岡毅率いるマーケティングの精鋭集団「株式会社 刀」だ。

 

リニューアルオープンから数か月が経つ今、複数回訪問した私が見る西武園ゆうえんちの現状、考察、そして未来の予想、妄想をしていこう。

 

「株式会社 刀」それはただのマーケティング集団か?

 

この「西武園ゆうえんち」のリニューアルを話す上でまず欠かせないのは、この会社の素顔なのではないだろうか。

 

結論から言ってしまうと、この刀という企業はマーケティングコンサルタントのための企業ではない。国内大手に負けないだけのテーマパークを運営するための企業だ。

というのも、刀のほとんどの社員が元USJのアトラクションやショーの筆頭クリエイター、またはディズニーやUSJでオペレーション構築経験のある人で構成されているのだ。

 

きっとニュースで、「元USJ森岡さんのいる刀が西武園のリニューアルをやるんだ」と知った人は多いだろうが、その森岡氏率いる刀がほとんど「元USJ社員」で構成されていることを知っている人は少ないのではないだろうか。

私も実際に、いつでも国内二大テーマパークと同じ品質の施設運営ができる人材を揃えていることには驚いた。

 

 これは刀の子会社「ジャパン・エンターテインメント」が、「沖縄テーマパーク(仮称)」の建設に今も全力を注いでいるためだろう。

 

このテーマパークを1000億円弱で建設すると森岡氏自身が既に明言している。その予算は森岡氏がUSJ時代に作っていた沖縄テーマパーク案を上回っており、気合の入ったプロジェクトであることが分かる。

森岡氏が刀を設立した一番の目的は、沖縄テーマパークの建設なのではないだろうか。

 

私がマーケティングコンサルタントのための企業ではないと言ったのはこのためだ。

 

プロフェッショナルが作ったローカルパークの実力は?

 

さて、そのテーマパークにプロフェッショナルな会社がメスを入れた西武園ゆうえんちは実際のところどうなのだろうか。私のレポート、感想を交えつつ紹介したい。

 

まず素晴らしいのは、「ゴジラ・ザ・ライド」だ。大手テーマパークがデカデカと広告をし、満を持して導入してもおかしくないレベルの一級ライドアトラクションであり、デザインや設置位置など拘りは随所に見られる。

 

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驚くべきは、この「ゴジラ・ザ・ライド」が体験できるのが「夕陽館」という映画館をモチーフにした建物なことだ。あくまで昭和の映画館がモチーフなため、ゴジラを想起させるプロップスは一切なく、外観デザインもゴジラのそれではない。これはつまり、現在のコンテンツの集客力がすり減れば、容易にその内容を変更できるということだ。また一日の昼と夜で即座に内容を変えることだってできるはずである。

 

刀は、ローカルパークという投資資金が潤沢ではない場所で、最大限に自分たちの持つクリエイティビティを発揮出来るシステムを構築したのだ。これは見事としか言いようがない。

 

さらに素晴らしいのが、今回のリニューアルの目玉「夕日の丘商店街」だ。これがただの昭和空間の再現であれば、昭和から残っている実際の商店街は未だに各地にあるし、「横浜ラーメン博物館」といった類似施設も多くあり目新しさという点で欠ける。しかし、この「夕日の丘商店街」が本当に提供したいモノは昭和の空間ではない。それはただのパッケージで、本気で届けたいのは熱気や活気、そして「幸せ」という、テーマパークで人が求める根本的な感情だ。

 

森岡氏は日経MJの記事で次のように述べている。

 菓子に例えればキャラクターは包装紙で、大事な中身のお菓子が幸せだ。包装紙で集客しているのではなく、幸せで集客している。

     引用元:西武HD後藤社長×マーケター森岡氏「幸せが人を集める」: 日本経済新聞

 

まさにこの「夕日の丘商店街」というのはその通りの空間なのだ。「昭和」というコンセプトが、たまたま色々な点でメリットがあったから選ばれただけで、「昭和」であることにさほど重要な意味はない。

 

では、その「夕日の丘商店街」だが、どのようにしてその本質である熱気や活気、そして「幸せ」を発生させているのだろうか。

 

まずそれを大きく支えているのは、この「夕日の丘商店街」だけが持つ、他の類似施設には無い特徴だろう。それは、この商店街にはパフォーマーがいることだ。彼らは商店街の住人に扮し、まさに生きた昭和の商店街を作っている。これがこの商店街に熱気と活気を与えるための大きな仕掛けの一つだ。

 

この仕掛けはふと聞くと大したことではないように思えるが、テーマパークにおいて、これほどまでにその世界観に対する具体的なキャラクターを用意しているところは少ないのではないだろうか。

 

さらにテーマパークのショーで、「ショーが終わっても演者が帰らない」なんていうのは聞いたことがないのではないだろうか。しかし彼らは住人であり、たとえば「八百屋のたたき売り」のショーが終わっても、彼ら住人にとってそれはただの日常の一幕にすぎず、「事務所」などというところに帰る必要はないのだ。

 

つまり「夕日の丘商店街」で日々演者によって公演されているのは、一般的に「アトモスフィアショー」と呼ばれるミニショーなどではなく、「夕日の丘商店街のとある一日」という数時間に渡る巨大なショーだ。

 

そして演者によってこの昭和の世界へと干渉することになったゲストは、たちまち「夕日の丘商店街」の住人、あるいは買い物客になり、生きた商店街の熱気や活気を感じることになる。

 

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言い合いをする魚屋と八百屋

 私は、この「夕日の丘商店街」を「イマーシブシアター」と呼ばれるものの一種だと考えている。「イマーシブシアター」とは、「体験型劇場」を意味し、そこでは客席とステージの境目はハッキリせず、ゲスト自身が物語に干渉出来るモノのことを言う。

 

 「イマーシブシアター」の特徴を、日本で同様の公演を行う「泊まれる劇場」は以下のように述べている。

・決まった客席・ステージはなく、空間全体が舞台

・観客も物語の登場人物に

 ・観客の介入が物語を左右することも

     引用元:イマーシブシアターとは?|泊まれる演劇

 

まさに「夕日の丘商店街」の特徴だ。そして劇場だと捉えることで、私は自分の中にあった「夕日の丘商店街」に対する一つの疑問を解消することができた。それは、「夕日の丘商店街」に設置された照明やスピーカーについてである。

 

この「夕日の丘商店街」に設置された照明やスピーカーの数やバリエーションというのは、私のような素人が見てもただのテーマエリアに必要な数を超えていると感じていた。しかし、劇場と捉えるとどうだろうか。大小さまざまな照明、ウーハー完備の高音質スピーカー、劇場であれば全て必須だ。

 

結論として、「夕日の丘商店街」は全長100メートル以上に及ぶ巨大な「イマーシブシアター」であることが分かるだろう。

そしてゲストがこの巨大で、幸せばかりで包み込まれたシアターから退場し、住人や買い物客といった「役」を脱いだ時、「なんか幸せだった」と感じるのだ。

 

 これが、テーマパークのプロフェッショナルが資金的な制約がある中で作ったローカルパークだ。その「幸せ」を発生させる装置の設計に抜かりはない。

 

 なぜ西武園通貨は導入されたのか?

 

 さて、ではタイトルにもある、なぜ西武園通貨が導入されたのかという話をしよう。

まず一つ目の理由は、「夕日の丘商店街」が「イマーシブシアター」であるためだ。

 

イマーシブシアターは「決まった客席・ステージはなく、空間全体が舞台」と言われている通り、ゲストはシアター内の装置に触れて実際に食べたり、飲んだりと干渉することが出来る。そして、夕日の丘商店街も同様にイマーシブシアターだとみなせるというのは、前述した通りだ。

 

問題なのは夕日の丘商店街は「昭和」を舞台にしているということだ。

現代社会で暮らす我々が、入園ゲートからズカズカと「夕日の丘商店街」という「昭和」な舞台にあがり、「昭和」の商品や食べ物を買うために「現代」の日本銀行券をチラつかせてはショーも台無しだ。そこで西武園通貨というわけである。

 

現代から来た我々は、園内で現代の日本円から西武園通貨へと両替することで、日本銀行券をこのショーの小道具である「西武園通貨」へと交換してやっと「役」を完成させることができるのだ。

 

 なるほど、西武園通貨は単純な世界観維持のためという考え方以上に、ゲスト自身も演者になる「イマーシブシアター」であったことがその導入を後押ししたわけだ。

しかし、そんな理由”だけ”で導入するのかと疑問に思った方も多いのではないだろうか。実際に様々な方の意見を聞いていると、世界観の側面より金銭的な側面を理由に予想する人が多かった。

 

そして実際に多くの人が「金銭感覚をバグらせるための西武園通貨」と考え、お金を出すことに懐疑的になっている節がある。

しかしこれに「世界中から様々なゲストを迎えてきた元USJ社員」が気づかないはずがない。気づいた上で、それ以上に重要な意味を持たせているはずである。

 

それを裏付けるかのように、この西武園通貨は不正利用防止策の検討やその他必要な手順を踏み、運用までに一年という時間をかけた。

 

それほどまでに力を入れたのは、果たしてどんな理由、目的だろうと考えたとき、私は圧倒的なマイナス点を補うためではないかと考えた。つまり、西武園通貨がなければ、ゲストがパーク内でそれほどお金を落としてくれず、財務上問題が生じ運営が立ち行かなくなる可能性すらあるということを想定して導入したと考えたのだ。

 

そう考えたとき、西武園の圧倒的な欠点に気づかないはずがなかった。圧倒的に少なく、他のパークと比較して決して魅力的であるとは言えないアトラクションである。

 

西武園のライドアトラクションは「ゴジラ・ザ・ライド」を含め12機種。アトラクションとショーがあるテーマパーク型の園として最もチケット価格の近い「ひらかたパーク」と比較しても、アトラクション数は相当に少ないことがわかる。

 

アトラクションが少ないことによって起こる問題が、ゲストの短い滞在時間だ。

 

当たり前だがアトラクションや体験施設の数が多ければ、ゲストの滞在時間は長く、少なければゲストの滞在時間は短くなる。そしてもちろん、滞在時間によってゲストの飲食等に対する消費の活発さは大きく変動するはずである。